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Re: 生まれて初めて
Re: うへぇ
Re: 胎界主背景試作
■ アカーシャ球体とは |
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Reply 胎界主 | |
森羅万象あらゆる力の源であり最小単位のようなもの。
普通の人間には見えないが悪魔は見ることができる。しかし悪魔も全てのアカーシャ球体が見えているわけではない。
■ 球体使い
生成世界の生きものに備わっている精神障壁を自在に操れるようになった人間たちのこと。いわゆる超能力者。
基本は防御障壁に使用されているアカーシャ球体で物理攻撃を行う。
人によってアカーシャ球体を使って物質を移動させたり(球体間移動)、火をおこしたり、球体に人を閉じ込めたりできる。
一般人には見えない。躰化者と違って暴走・戒律はないが、球体を操るのは精神力・気力を消耗する。

アカーシャ球体かぁ~
胎界主は 基本的には特異能力者達のお話。
顔が似ているうえに似た様な服装でうろつくのはやめて欲しいです。 |
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友人(女)と話していたけど、それが実は妹さんだったとか。
中学のときの知り合いの姉。 |
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というか二卵性双生姉弟。当然学年は一緒。
休み時間に、姉が弟のジャージを借りにきてました。
次が体育なんだけど忘れてきたんだって。
中学生でそれってすごくないか。借りられるのか。貸せるのか。意外とそんなもんなのかね。
とりあえず、やはり異性としては見られないと言ってた気はしますが。
顔はやっぱり同じでした。あそこも多分、知らない人が街で見かけてもわかる。
Re: 佐々木氏があの記事に言及
‘佐々木俊尚さんとの見解の違いについて【湯川】’ |
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Reply 自己レス ソーシャル考察 | |
湯川氏が佐々木氏のツイートに対してリプライした模様。 フムフムと読んじゃいましたよ。(蛇足の追記の方も)
まず、自分が読み取ったものと湯川氏の意図とがほぼ同じであって ほっとした。 これ、違うふうに読んでいて湯川氏の言ってることにピンとこなかったら 自信を失うところだった。 あーーよかった。
ここは湯川氏の勝ちでしょ。 これから 佐々木氏より湯川氏について行こうかな。(そうしよう)
ほんと、あの学生(水谷君) の記事は "100%間違ってる" で片付けられる記事でもないし、残念な記事でもない。
湯川氏は追記の中で、
>> 同じソーシャルメディアと呼ばれるものの中にも、実は違いがあり、この違いが実はすごく意味を持つようになる、というのが水谷さんの言いたいことなのだと思います。では「どう意味があるのか」という問いに対する答えは、水谷さんの文章には書かれていません。彼は恐らく感覚的にその違いが今後非常に大きな意味を持つことに気づいているだけで、それをうまく表現できないのでしょう。 <<
と書いている。 これは、水谷君の、
" そういったやりとりが誰からも見ることが可能なオープンな世界が、インターネットです "
や、
" そしてこれらのやり取りはお互いの共通の友人・知人からしか見ることはできず、閉ざされた世界がソーシャルネットです "
をフォローしてのことだろう。
言ってみれば、内 と 外 の感覚の問題。
そして湯川氏、
>> 特に日本の現状を見る限りにおいては、ソーシャルメディアを2つに分類する意味をまったく見いだせません。<<
いやこれは、水谷君の内と外の感覚が 今は対象をこう捉えているだけであって、ここはサラッと流してもいいのではないかい。(後々変わりもするだろうし) そんなことよりポイントになるのは 先に言った 内と外の感覚の問題。
"この違いが実はすごく意味を持つようになる、というのが水谷さんの言いたいことなのだと思います。では「どう意味があるのか」という問いに対する答えは、水谷さんの文章には書かれていません。彼は恐らく感覚的にその違いが今後非常に大きな意味を持つことに気づいている...."
ここ。
"では「どう意味があるのか」" ってありまんがなぁ。
内の意識と外の意識の このこすれあってせめぎ合うような薄皮というか空気の壁というか、この隔たった感覚エリアの境目のそここそがアイデアを生み出すエネルギーの源(みなもと) でしょっ !!!
内の感覚に留(とど) まっている意識が 外の意識のエリアにアプローチしようとしたとき、知恵は絞られアイデアが生まれる。 アイデアや発想は、腕を組んで天井を見上げ "何かいいアイデアはないかなー" なんて言ってたって出てこない。 内に留まっているところから片足一歩でも踏み出して、何か(外の) にアプローチしようとしたとき始めて生まれる。
一目ぼれした女の子に声をかけることだってそう、アプローチしようとして始めて じゃぁどうゆうふうに声を掛ければいい? と知恵を絞るようになる。 これすなわち、内と外の感覚あっての薄皮を突破しようとする行動力。(背中を押す力の意も含めて)
「うちうち言うやつに発想なし」。 よく会社で "うちの会社は" とやたら うちうち 言う人がいるけど、内という意識で自分を固めてちゃ新しい発想も持ちえない。 何かを辿(たど) って外にアプローチしようしたとき始めて頭が働き出し発想も湧いてくる。
水谷君や湯川氏が焦点を当てようとしていたところは、すごいポイントだわ。 ここは大きいと思う。(人を動機付ける仕掛けを考える上でも、またゲーム内のシチュエーションの設定を考える上でも。 どうなれば面白いのか のヒントがある)
Re: トイレ対策
はっはっは~ |
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当日、勤務になっちった・・・・・
ダーーーーーッ!
第二案を実行すれば仕事も休めますが、ハンズフリーを実現させるには
相応の怪我を負っていないと、白衣の天使もシモのお相手まではしてくれないと思います。
そこまでの身体的代償を支払ってまで完走したいかというと・・・・流石にそこまでは。
さておき、「2001年宇宙の旅」DVDの尿チャプターはすこぶる謎ですね。
しかも、直前のチャプタータイトルが『嫌な予感』ですか。
引っ張るだけ引っ張っておいて、『気になる真相はCMの後で!』みたいな引きがいやらしいです。
スパイ・ゾルゲを劇場で観たときに、途中休憩でトイレに行かなかったら終盤かなりの尿意高揚で死にそうになった記憶が。
映画の内容がほとんど記憶にないのは、まぁ、尿意だけが原因ではないですが・・・この映画を評するに・・・
Re: ‘蔓延する誤った「ソーシャルメディア」の定義【水谷翔】’
佐々木氏があの記事に言及 |
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Reply 自己レス ソーシャル考察 | |

おっ、 TechWave 白熱教室かぁ~。 "100%間違っている" キタァー。 (あの記事
)
あの記事のニュアンスは そんなに間違いでもないと思うけどね。 そのあたりはもうモニターの前に座る人の意識の問題だから。(そう感じる人はそうなんでしょうという感じ) 40人の人とつながっているページを閉(と) じていると感じる人もいれば、十分開(ひら) けていると感じる人もいる。 一旦開けていると感じたなら あとは30人も100人も500人も(増えても減っても) 同じだろうという感覚になって、結局こんなもの仮の設定でしかないと思うようになる。 人がどんな 内、外、の感覚をもっているかは ほんと人それぞれ。
-- 話は変わって --
ソーシャルというのは、難しいとも感じるウェブをフレンドリーに見せて とっつきやすくするための ただのUIであるかもしれない。 と、俺は心のどこかで疑いも持っている。 今は "ソーシャル" という言葉が踊っているけれど、本当の実体は もうあまり言葉として聞かない マッシュアップ だとか コラボ 、共同編集、このへんにあるのではないかとも思っている。
本当に ソーシャルファースト か? という疑いは 少なからずある。
トイレ対策 |
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・「視聴の体勢から便所に行く体勢に移行する間のラグを、ワンセグケータイに視線を移すことで相殺する」というのを思いついたんですが、スッキリした後で取り戻せませんね。
ワンセグの早送りってできないんですかね。
・日曜までに入院して、テレビ借りて設置まで済ませて、ナースコールを握りしめて臨めば、ほぼハンズフリーで完走できるかと思います。
・映画「2001年宇宙の旅」DVD、手持ちの版ではチャプター20が「休憩」です。
1:27:17から28秒間(1:27:45まで。チャプター21開始直後の残り再生時間は1:00:58)。
トイレにはちょい短い。
上映時はどれくらいだったんだろう。普通に15分とかだろうか。
Re: そらーだって
口を開かないことも重要であることを、たまには思い出してください。 |
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>まあ、そうじゃない人ももちろんいるが、そうじゃない人は大抵寡黙で
Twitterでのつぶやきを目にすると、使わない方がいい人ほど好んで使っているような気がする。
Re: そらーだって
http://zpachq.sa.yona.la/139 |
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ものすごぉ~~~く実感っ!
自分にとってリアルタイムな話題でびっくりしましたが、
本当にその通りだと思いました!
もう、信用できないっ!!!
Re: 正直に生きてください
Re: http://un5jrn.sa.yona.la/50
アリだとは思います。 |
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「一緒の時間を過ごすことに耐えられない人を好きにはなれない」だろうと思うので、「だったら、まず一緒にいてみる」というのはある意味全く自然な気がします。
スキとかツキアウとかの定義みたいな言葉遊びに陥りがちな自分を棚に上げて言いますと、まあ、その、あれだ、「月が奇麗ですね」(c)夏目漱石。を、どんなシチュエーションで言うか。
各々の経験に照らして、各々がどんな時間を過ごしてきてから言うか。
過去に見た月をお互いどれくらい知っているのか。
果たして二人は一緒の月を見ているのかどうか。
それだけの違いじゃないでしょうか。
「その違いが大事、それは譲れない」というひとが相手だったら、それはもう、しょうがない。
Re: http://c9zchq.sa.yona.la/34
http://frg5z7.sa.yona.la/37 |
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今。
まさにハッピーターン。
うまい。

