Re: http://x3ru9x.sa.yona.la/3699
http://x3ru9x.sa.yona.la/3708 |
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Reply 自己レス 雑感 win8 | |
win8 の環境を整えるのを手伝った。
win8 は面食らう。 迷って混乱する。
これは当分 触れない方がいい。 もっと周辺のイメージが出来てから。
封印 封印 ふーー いーーー ん
あー 頭が痛い。 頭が どーーんとテーブルに落ちた。
特に、加入プロバイダのメール設定がややこしい。 (GメールやYahooメールなら簡単)
windows エッセンシャル というのをインストする必要があった。 それでやっと OutLookのメーラーが使える。
いやほんと まいった。
これだけ時間と労力をかけてwiindows について詳しくなったとしても 自分のコンテンツは全然増えない。
このばかみたいな徒労感..
告白 |
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itext | |
私はどうも、少しばかり本気でカフェイン中毒を心配した方がいいらしい。それとも、他の依存症よりはましだろうか(と考える段階で、きっと私はもう危ない領域へ足を突っ込み掛けている)。
日々のことをメモ代わりに書いてみたら、毎日コーヒーを飲むことばかり考えている。どこでどんな風に、どんなコーヒーを飲むか、私の1日にとって、それは大変重要なことのようだ。
何かを書く時の連れに、必ず紅茶が必要だ。だから始終何か書くことばかり考えている私の手に、紅茶の入ったマグが常にあることは不思議でも何でもないが、実のところ、書くためにカフェインを飲むのではなく、カフェインを飲みたいために書きたいと思うのかもしれないと、ふと考え始めた。
紅茶もコーヒーもなしに、私は書きたいと思うだろうか。書くと言う作業は、カフェイン抜きでもきちんと為せるのだろうか。
紙やPCのモニタに向かっている私の傍らに、けれど湯気の立つ紅茶やコーヒーのマグが見当たらない。そんなことが有り得るだろうか。
少なくとも高校の頃には、お茶を淹れて飲むと言う習慣はなかった。実家を離れ、同居人を見つけて、その何人目かの同居人が、何かあれば、
「お茶飲む?」
と言う人だった。
それまでの私にとって、お茶とは外へ出て飲むものであり、家にいて自分で淹れて飲むものではなかった。
彼女と暮らした時間はとても楽しく、その楽しさとお茶が、私のどこかで深く結びついてしまっているのかもしれない。楽しいことをするとは、私にとってはお茶を飲みながらすると言うことになってしまっているのかもしれない。
と言うことは、私がお茶を淹れて飲みたいと思うのは、楽しいと感じていると同義と言うことなのか? 楽しいことが起こるのだと期待して、そこへ結びつくお茶を、私は自分の傍らへ招き寄せようとしているのだろうか。お茶を淹れれば楽しいことが起こると、私の脳は思い込んでいるのだろうか。
お茶とは、私にとっては楽しいことなのか。お茶それ自体と言うわけではなく、お茶が、楽しいことを常に連想させてくれるのか。
お茶は美味しい。お茶は楽しい。私はお茶を淹れて飲むことが大好きだ。
さて、お茶(紅茶かコーヒーだが)を飲めない時、私は不機嫌になるだろうか。
残念がりはする。がっかりはするが、不機嫌になるほどではない。煙草や酒や音楽や書き物ほどは、切羽詰った気分にはならない。
ちぇ、お茶(紅茶、コーヒー、カプチーノ、カフェラテ、カフェオレ、カフェモカ、パンプキンスパイシーラテ等々)が飲めないのか、とせいぜいポケットに両手を入れて肩を揺する程度だ。
ああだが、街中をうろつき回って、コーヒーショップを探すくらいのことはする。どこかへ出掛ける時に、近くにスターバックスか何かがあるかどうか、今時なら事前に調べはする。
大事な保険だ。不意に急にお茶を飲みたくなった時に、すぐそこへ行けるように。
私はカフェイン中毒だろうか。
煙草のみが、ライターを忘れると激怒するのを知っている。本気の地団太を踏んで悔しがるのを知っている。駐車場に車を停め、車外へ出て店の入り口へたどり着く5歩の間にも、煙草の先に火を点けずにはいられないのを知っている。
酒飲みも同じだ。飲めないとなると、凄まじい暴れ方をする。
音楽はどうだ? 落ち着かない気分になる。一刻も早く家に帰って、PCをつけて(私のCDコレクションは、ほぼ全部PCの中に入っている)メディアプレイヤーを起動させたくてたまらなくなる。聞いている最中には、眠る時間すら惜しい。夢の中でその曲をずっと聴いていられないものかと、真剣に考える。
書くことも同じだ。書きたいのに書けないとなると、指先が気になってたまらなくなる。ペンと紙がありさえすればと、頭の中はそれでいっぱいになる。書けないことが理不尽に思えて、自分が世界一不幸な人間のように思えて来る。乗って来れば、睡眠など3の次だ。
そう言えば、筆が乗っている時は、マグが空でも気にはならない。いや、書くこと以外のすべてが何もかもどうでも良くなる。
それじゃお茶でもと思うのは、ひと区切りついて、筆(と言うのも、今時おかしな言い方だが)を置いた時だ。
やはり私は、カフェインを飲みたくて書いているのではなく、書く時の最良の連れに、カフェインを選んでいるだけなのだ。
私がカフェイン中毒気味であることは、残念ながら否定のしようもないだろう。
そしてなぜか、どんな本が好きか、どんな映画が好きか、どんな音楽が好きか、と同じ程度に、どんな飲み物をどんな風にどこで飲むのが好きか、と言うことも、自己評価と他己評価のために重要と思っていると、最近気づいた。
膚と背中 |
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itext | |
男が、切羽詰まった様子で私に触れて来る。飢えているような手つきで、男の飢えが、自分とは違う女の体に対してなのか、自分ではない他人のぬくもりになのか、それとも私個人と言う、とりあえずは取り替えの利かないことになっている、特定の誰かに対するものなのか、男の指先を受け入れながら、私はいつも考えている。
好きと嫌いで言えば、好感の持てない相手に触れられることなど我慢できず、だから私は、この男のことが好きには違いなかった。
女に慣れていない風もないのに、女と女の間が長くなれば、それなりに物珍しさと飢餓が湧くのか、男の態度は夢中のそれだ。
とは言え、それにあっさり自惚れるほど私も自信過剰ではなく、どこと言って取り立てて綺麗でもなければ、変わったところもない自分に、あえて自慢できる部分と言えば、触れた誰もその場で声を失う膚だろうか。
触れる最初に、男はいつも私の服をとにかく剥ぎ取ろうとし、女の服の常で、ボタンだジッパーだホックだと、あれこれうるさいものがついていて、決して不器用でもないらしい男の手を毎回煩わし、静かになった後で、そんな小物のいくつかがどこかへ消えてしまっていることも珍しくはない。
おかげで私は、裁縫セットをそっと持ち物のひとつに加える羽目になった。
私の膚を剥き出しにする。そうして男は、自分の着ているものを引き剥がすように脱いで、肌と肌を触れ合わせる。冷たかったり、あたたかかったり、思いがけない体温に驚いたり、あるいは汗に湿っていたり、やすりにでも触れたように乾いてざらついていたり、自分の膚に触れても何と思うわけもないが、男の肌に触れるたび、その微細な変化に気づいているのは私の方だけなのだろうか。
私の肌に触れて、男は何を思うのか。それが優しさのつもりなのかどうか、歯を立てたり乱暴な跡を残したりは決してしない男の、微笑みを誘う思いやりに、全裸で男と触れ合いながら、私たちは一向に心の内の本音をさらけ出そうとはしない。
内臓や筋肉や血管で触れ合うのは無理にせよ、ほとんど1枚のそれになりそうに肌を近づけて、息や体液を交換し合っているのに、私たちの心は一体どこにあるのか、こうして抱き合う理由すら、私自身のそれすら定かではないまま、男は明らかに私と寝ることを望んでいて、私は男の素肌に触れることを愉しんでいる。
素肌──正確には、完全なる素の素肌ではない──の手触りに、男の暮らしが現れている。時々大きな傷跡が触れ、飾りではない日焼けの名残に、かさつきの激しい部分のある、肩や首筋の辺り。顔の皮膚は決してなめらかではなく、男の頬に掌を当てながら、時々私は、意地悪ではなくやすりに触れているようだと思うことがある。
男の肌が私の肌をこする。傷つきそうで傷はつかないやり方で、私の全身の肌をこすり上げて、その間に空気がたまり、抜け、汗が湧いて滑る。
曲げれば筋肉の形がはっきりと浮かぶ腕が、私の首を抱え込んで、ほとんど絞め殺すように──二重の意味において──私の体全部を抱きしめて来る。
男が私を絞め殺そうとすると、私もお返しに男を絞め殺そうとして、全身をたわめて、ゆがめて、ねじって、深く切り過ぎないようにいつも気をつけている足の親指の爪の先で、男のアキレス腱の辺りを引っかいてやる。
痛みに、男は一瞬だけ我に返り、下にいる私に向かって目を見開き、そうすればこれが私だと確認できるし、私を自分の下に引き留めておけるとでも言うように、私の左の乳房をつかみに来る。
時によってはひどく痛むその仕草に、私は眉根を寄せて、男はその私の表情を、何やら別のことに勘違いする。その勘違いを、私は修正もしない。どれだけ近く触れ合っても、私の痛みは私だけのもので、男の感覚は男だけのものだ。
与えられる痛みを、男に伝える術などなく、男が私の中で感じていることなど、私には知る術はない。
こうして、世間的には愛──読んでも書いても言っても、感情をこめられない言葉だ──と言われる風に私たちは抱き合いながら、互いのことなど何も知りようがない。
男は私と寝たがり、私はそれを拒まない。好きと嫌いで言えば、私はこの男が好きなのだろう。男の素肌に触れる。私はそれが好きだ。
それだけが取柄らしい、私の柔らかな膚。男の、かさついたぶ厚い指先が触る。皮膚の下にももぐり込みたそうに、指先を押し付けて来る。男の指先の形を肌の上に感じるたび、私は男の指先が、私の血管に触れることを想像する。
感心なことに、男は私に触れる前にはきちんと爪を切り揃えて来る。やや短いと思うくらいに、丸くきれいに切って、そんな切り方をしては、切られた爪の端で皮膚を傷めてしまいそうなくらいに、男は癇症に爪を切って来る。
その男の指が、私の中に入って来る。腿の内側に触れて、他の部分よりも薄い柔らかなその膚に、男が時々息を詰めるのがわかる。
私の中も、首筋や背中の膚と同じように、柔らかくて張りつめていてほのかにあたたかいのだろうか。私には分からない。触れている男にしかわからない。
チラシの裏 |
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scattering | |
2010年から2年ぶりにココへ来てみると、
アカウントが変わってました。前の記事を見たかったんだけど、大分探した。
2年前の俺は重いなー 今の悩みなんて悩みじゃないw
2010→2012 変わった事
派遣→正社員
女性を傷つけてしまいました(DVじゃないですよ)→普通に新しい彼女さんできました
毎日モヤモヤ→ランニングとかしてるしw
このぐらいか…いやいや
家族は親と弟→弟の子(甥っ子可愛い!)
甥っ子って可愛いわ。子供は元々好きだけど、次元が違いますね。
自分の子供とかだったらなおさらですね。
会社の周りも子供さんがいる人多いけど(あたり前)
子供がいれば仕事ぐらい頑張れるわなー
言いたいのは2010→2012の間は
・悪い事をすると自分に返ってくると思った
・一生懸命生きていればいいことがあると思って過ごしてた
・実際いいことは起こったが、神様が最後のチャンスをくれたのだと思い
有難く思っている事
ホント、ただのチラ裏ですいません。
来週は忘年会あるし、棚卸しも終わってないし、ランニング大会あるし、
甥っ子は帰ってくるし、『結婚してください』っていつ言えばいいのーって感じだし、
では。
お好み焼き |
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今メシ喰ってんですけども。
お好み焼きの切り方の話になりまして。
一般に、関東はいわゆるピザ切り(中心から放射状に)にする人が多く、関西は井桁が多い、と聞きます。
でも円形に焼いて井桁に切ったら隅っこができちゃわね?ということになって、じゃあ四角く焼いたらよくね?とばかりに四角く焼いてみております。
それともあれか、パンの耳フリークのような、お好みの隅っこフリークが無視できない割合でいるのか。
そういえばピザハットかどこかで四角いピザやってたな。
あれは4*4の16分割かなんかだったと思う。
でも真ん中4つはちょっとつまんなそう。真ん中は耳ないから。
つまんなそう以前に食べづらそう。手ぇギトギト。
http://8xcsp6.sa.yona.la/94 |
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メガネ!
いやぁ、それはそれは後悔してます。
ちゃんと挨拶すればよかった。
「おつかれさまでーす」ってハツラツ係助詞で。いや、溌剌系女子。そして、ガン見するべきだった…
あれではスルーも同然。次いつになるか分からないというのに。
うぎゃーーー私は何を求めてるんだ
Firefox 拡張 「AppLauncher 」 |
返信 |
firefox | |
Firefox のコンテキストメニュー (右クリックメニュー) から、外部アプリケーション (外部プログラム、外部ツール) を起動できる。
http://www.vividcode.info/projects/applauncher/
sayonala 投稿窓内で選択文字列の置換、整形、するのに使ってます。
デビアントストックが面白い |
返信 |
deviant デビアントストック | |

http://faestock.deviantart.com/art/Purple-Heart-152373108
このジャンル面白い。 画像を介しての対話がある。
コスプレーヤーやモデル志望者が素材を提供し、グラフィッカーがそれを絵にする。
ルールがあって、素材(ストック)を使ったなら 使ったよ のコメントとリンクを残さないといけない。
(※ デビアントストックは このエントリーが起点)
デビアントアートに新機能がついた |
返信 |
deviant | |
ページの右上あたりにある これ ↓

いいアイデアだぁ。 類似画像をもっと出したいなら有料版へ、なやり方。
類似画像検索技術(かタグ付き画像マイニング) があればこそできることだわ。
pixvもよく似たものがあるけど、pixivのは いやらいやり方。
デビアントの場合、いい画像がザクザク出てくる。
● ファンタジー風景 類似 http://www.deviantart.com/morelikethis/332070689
● 惑星 類似 http://www.deviantart.com/morelikethis/133130983
● 惑星 & バトル 類似 http://www.deviantart.com/morelikethis/147328900
http://8xcsp6.sa.yona.la/92 |
返信 |
中身のある話ができるようになりたい。
擬態語ビューンみたいな発言は、そろそろ限界みたい。
http://q7ny3v.sa.yona.la/1468 |
返信 |
どうも「約束が果たせない」のじゃなかろうか漠とした不安に囚われる。初めての感覚でもないけれど。
そんな時はちょっとだけでも気になってる何かを済ます今日は継続してるロト6を買い足した抽選が一回だぶるのだけども。
秋 |
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itext | |
「その頭、どうした?」
鏡台の前にぺたんと坐って、何とか櫛を通そうとしている私の後ろで、鳥が何かをついばむようなかすかさで訊いて来る。私は振り向かずに、鏡の中の自分に視線を据えたまま、ちょっと肩をすくめて見せる。
「切ったの、自分で。蟹の子と一緒に。」
ぶつぶつと切り落として、長いところは多分2センチくらい、短いところは1センチもなさそうな私のザンギリ頭を、鳥は小首を傾げて眺めている。
「かにのこ?」
「そう、はさみで、ふたりで一緒に切ったの。」
鳥は振り向かない私に焦れたように、ちょんちょん畳の上を飛び跳ねて、だらしなく投げ出した私の足首へ飛び乗り、そこからちょんちょんと、スカートに包まれた腿の辺りへ登って来る。
「なんで切った?」
どこか怒ったような声で鳥が訊く。小さな体の、丸々とした胸をそらして、まるで威嚇するように尋ねるが、その黒くて丸いつぶらな瞳では、どんな低めた声も凄みなどない。
鳥はそこからはたはたと羽ばたいて、私の肩に乗って来た。
ピアスのない私の左側の耳朶を鋭い嘴で、だが充分に用心した強さでつつく。じゃれ掛かられているようなその仕草に、私はくすぐったいと肩をすくめ、櫛を持っていた手を下に下ろす。
「どうしてかな、突然切りたくなったのかもしれない。どうせすぐ伸びるもの。」
ふふっと、自分でも驚くほど軽く、私は含み笑いをこぼす。
鳥はさらに怒ったように羽をふくらませ、ぷうっと頬もふくらませたように、まるで鞠のようになって、私の首筋へいっそう近づいて来る。
そうして、また嘴で、すっかり短くなった私の髪をついばんだ。
「こんなになったら、遊べないじゃないか。」
「ごめんなさい。」
微笑みを消さずに、私は答える。
そうだった、草を抜く私の後ろから、時々髪をつまんでは遊ぶのが、鳥は好きだったのだ。まさか鳥が、私の髪を惜しんでくれるとは思わなかった。
「切った髪は持って帰ったから、巣材に使うといいわ。」
「今年はもう巣は作らない。」
「じゃあ来年。」
「そんなに待ったらふにゃふにゃになる。」
「ならないわよ、髪の毛は腐らないから。多分。」
草の葉や木の枝とは違うのだと、どうやって説明しようかと重いながら言うと、鳥はどうも合点が行かないが、もうそれ以上は訊くのも面倒だと言わんばかりに、また私の頭をつつき始める。今度は、少しばかりさっきより強く。
「痛い。痛い。」
思わず頭を傾けて鳥の嘴から逃れようとすると、
「つまむ髪がないからしょうがない。」
まるで、私が髪を切ってしまったせいだと責めるように(実際に責めているのだろう)、鳥は私の頭をつつき続けた。
「そんなに意地悪してると、蟹の子に羽根を切られちゃうんだから。」
肩の鳥を追い払うように手を振ると、ひと時鳥は私の頭をつつくのをやめるが、すぐに、今度はぱたぱたと私の頭の周りを飛び回りながら、ちくちくつくつく、私の頭を嘴で突き続けるのだ。ついでのように、短い髪も時々引っ張ってゆく。
「はね?」
「そう、蟹の子のはさみはよく切れるんだから。気をつけないと。」
私の前髪を、触れただけで切り落としてしまったように、あの蟹の子のはさみが鳥の羽根に触れたら、すっぱりとオレンジ色の羽毛が散るだろう。
羽根を切られたら、鳥は飛べなくなってしまうかもしれない。そうしたら、鳥はもうどこへも行かずに、私の傍へいてくれるのだろうか。そう考えてから、私はふと淋しくなって、そう考えた自分がいやになって、振り払う手の動きを止めて、しんと鏡の縁へ視線を滑らせた。
ふん、と鳥が、動かなくなった私の肩へまた止まり、再び虚勢を張るように丸く胸をそらす。蟹の子のはさみなんか怖くも何ともないと、そう言っているように、鳥の姿が鏡の中へ映っていた。
蟹の子がここへやって来る時は、もうしばらくは必要のない髪をまとめるゴムの輪で、あのはさみをくるくる巻いておこう。色とりどりのゴムの輪を、蟹の子に選んでもらおう。あの鋭いはさみをゴムの輪で留めて、切るのには使えないようにして、そうして鳥と私と遊んでもらおう。
9月 |
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itext | |
9月はあまりいい時期ではないらしい。
ぱたりとやる気が失せ、すべきことにすら手を着けず、ただ無為に日々を過ごす。その無為に焦りを感じながら、それでも手も足も動かず、心は灰色に鈍麻したまま、美しいものよりも醜いと感じるものばかりが目に入り、ただただうんざりするばかりだ。
そのくせ、もう何度読んだかわからない文章にひどく心を揺さぶられて、ページを繰りながら泣いていたりする。
仕方がない。こんな時もある。
好きな音楽も聞かず、本だけは読みながら、けれど自分で指先を動かすことはろくにせずに、1日の終わりに、ああ今日もまた何もしなかったと思う。そうして、頭の中は空白に満ちて、なかなか寝付けない夜を、これもまた空白に過ごす。何を考えても心が浮き立たない。何も私の頭をいっぱいに満たしてはくれない。ひもじい感覚ばかりがつのるのに、そのひもじさを癒せる何かがわからず、私は夜通し寝返りを打って、夜が明けたら少しはましになるだろうかと、そればかり考えて、朝の間近にようやくうつらうつらする。
そうしてまた、同じ無為な1日を過ごすことになる。
カフェラテを淹れることが非日常になるほど、何もない私の時間は、24時間などあっと言う間に過ぎ去って、その間に何をしているのかと言えば、音楽を聴くでもなく映画を見るでもなく、ただ言葉の切れ端を追って、垂れ流して、それだけでささやかに満足を得て(募る不満の方が結局は大きくなるのに)、夜の終わりを区切りながら、また眠れないまま朝を迎える。
心も脳も、何かに飢えている。何かが足りない。何かが欲しい。
だが私には、それが何なのかわからない。
少しの間我慢していれば、事態はそのうち好転する。
なぜあんなにも、醜いと思うものばかりに目を突き刺されていたのかわからないほど、美しいものが目の前に甦って来るし、世界は音楽に溢れて、素晴らしい言葉に満ちているとまた思えるようになる。
私は笑顔を取り戻し、弾むように道を歩き、挨拶をする相手が自分に微笑み返してくれるのに、心の底からまた感謝できるようになる。
私に向けられる笑顔は決して無駄や社交辞令ではなく(もちろん私の誤解の場合もあるが)、たまには誰かが自分を好いていてくれるのだと、私は素直に信じられるようになる。
紅茶やカプチーノを淹れるのを、思いついた瞬間から飲み終わってカップを洗い終わるまで事細かに実況して、ネットのどこかへ垂れ流すような日々はひとまず終わり、私はようやく、何かそれなりにまとまったものを書きたいと思い始める。
何でもいい。それこそ、カプチーノの自己流の淹れ方だっていい。ある日のカフェラテの会心の出来を、事細かに描写するのだって構わない。私がそれを楽しめるなら、心底楽しんできちんと書くなら、何だっていい。
カプチーノを淹れるのが非日常の私の日々にとって、思わず出来た最高の味は、微細に描写するに値する。
私は恐ろしく退屈な人間で、それに劣らず退屈な日々を送っている。私はそれを、それなりに楽しんでいる。楽しい限りはこれでいいじゃないかと、美しいものが美しく見える限りは思い続けるだろう。
書き続ける限り、私は呼吸しているのだし、私は自分の脳を使って考えているのだし、私は間違いなく生きている。生きているなら、今はそれでいいじゃないかと、こんな時にはすらりと考える。
退屈な人生、先行きなど何も見えない人生、非生産的で、非社会的で、外へ向かって胸を張れるものなど何もない人生、それでも私はひとまず、ここにいて息をしている。少なくとも今私は、消えてしまいたいとは感じてはいない。
それで充分じゃないか。
卑怯だと言われようと現実逃避だと言われようと、私は今、美しくて楽しいものだけを見ていたい。呪詛も毒も必要ない。私は自分の憂鬱を抱きかかえるのに必死で、他の誰かの怒りや嫉妬や不愉快を、目にして抱え込めるほど寛大でも寛容でもない。
悲しみや淋しさの共有はやぶさかではないが、私と同じように努力を嫌う人間が、努力の果てに才能を花開かせた誰かに嫉妬する、その心に同意しろと強要されるのは、今はただの苦痛でしかない。
妬み嫉みがないわけではないが、そんな愉しくもない気持ちに、今は囚われていたくはないのだ。
美しいものを生み出せる人の存在を、有り難がりこそすれ、踏みつけにしようなとどは思わない。世界を明るくしてくれるその情熱を、愛することはできても否定も妬みもできない。
私が持っていないものを持っているあの人を、愛することはそんなに難しいことだろうか。
音楽は美しい。言葉は美しい。描(えが)かれた線と塗られた色は美しくて、私はそれを目にして耳にして幸せになる。
http://8xcsp6.sa.yona.la/90 |
返信 |
すっごいどうでもいい事にすっごい労力と時間を費やすのが自分の長所だと思う






