夢オチ
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夢だとわかってこれほど落胆したのは初めてだ。
楽器を点検してもらった帰り、新宿駅でJR→京王線に乗り換えの途中のこと。
(実際には外っぽかったし違った場所だと思うけど、夢の補正だろう)
周りの人が自分と同様に楽器を持っていた。何かを待っているようだ。
電車に乗るのになんでこんなに人が待っているのかとぶつぶつ言いながら慎重に歩を進めていたが、
誰かにぶつかってしまった。誰かというか、ぶつかったのは楽器だった。
ケースから取り出され、スタンドにかけられていたその楽器は危うく硬い地面へ
投げ出されるところだったが、危機一髪持ち主の機敏な反応によってその事故を免れた。
慌てて平謝りする自分。気をつけてよねと窘める相手。よく見れば相手は自分より2つほど下と思われる女性だった。
多少の親近感からここで何があるのかを聞いた。
夢の中だからか、口調はやや軽めだった。
曰く、著名な誰かが来てクリニックがあると。具体性がない答えだったがこれだけ集まるのは何かがあるのだろう。
とりあえず礼を言って立ち去ろうとしたとき、その隣にいた女性に惹かれた。
茶のセミロング、伏せがちながらもくりっとした瞳、やや小柄な姿はどこにでもいそうなものだった。
持っていたのが自分と同じ楽器だったからピンときたのかもしれないが、とにかくその二人は一緒に来たのだと思い、
その彼女にも声をかけた。「あなたもそうなんですか?」って。なんだそのつまらん問いかけは。
こういうトークが苦手なのは十分わかっていたのだが、それでも声をかけずにいられなかった。
実際の自分と理想の自分とが融合しているなぁと思った。まぁ、いいか。
返答は「そのつもりだったんですけど、あまりにも混んでて中に入れそうにないのでもう帰ります」
中?中ってこれ以上どこに人が並んで待っているのかと驚いた。
だいたいイベントやるならもっと駅から遠くでやれよ、とかそういう文句は思考の奥底に追い込み、ひとこと、
「だったら僕もこっちの方向ですし、途中までご一緒してよろしいでしょうか」
ありえねーありえねーナンパじゃねーのかこれはとか思っていると
いつの間にか電車で話をしている場面に変わった。
何やら自己紹介をするようだ。
さて意識を主人公に持っていこう。
彼女を座席に座らせ、俺は吊革を握り、
らしからぬ滑舌のよさでしゃべっている。
「サックスは中学の部活で始めたんだけど、その後はなかなか続かなくてね。
それでもなんとか続けたくてたまーにこうしてどこかで練習してるんだ。
大学では運動系の部活に入ってるし、もう全然吹けなくなっててもうだめだめよ」
結局は俺俺トークになっていた。たいていはうざがられるってのに。
それでも電車内という閉鎖的空間、逃げ場のなさから一応の返答をしなければならない、
こういうのが繰り返されるうちに空気が重くなってせっかくのチャンスを逃すというわけだ。
だが、彼女の反応はその予想と違い、
「私もそんなところです。部活というかサークルでやってたんですけど、
ある時仲間内でけんかしちゃって、それからもう色々といやになっちゃって。
実は私、留年しちゃってるんですよね。今もあまり学校に行ってないし」
そう言って照れくさそうに学生証を見せる彼女。いや、そこには留年の証拠なんかないって。
「ん、留年?俺も実は…」
お互いの傷をなめ合うようなことになってきた。そうやってわざと弱みを見せてくるような輩は
おおよそほとんどがトラップだ。でも、俺にはそんなことを考える余裕がなかった。