感情 |
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ばかーる | |
好きでないということは、嫌いとイコールではない。
嫌いの強さは、結局相手への関心の深さ強さに比例する。
好きでないというのは、基本的に関心がないということだ。
嫌いですらない。嫌う材料すらない。嫌う価値もない。ただただ時間がもったいない。
犯罪者ではなく、単に社会の迷惑で害毒という存在がある。存在してるなんてことは、知りたくなかった。
何十年も生きて、何かを為したことがない、結果を出すところへたどり着けない、出す気が最初からない、自慢話が全部ガキの頃の話とか、友達がいないとか、誰かをささやかにでも感動させたことがないとか、ただひたすらに呆れる。
口を開くだけで、その場を極限まで不愉快にさせられるのはすごい才能だ。あっちでやってくれ。一緒にいるというだけで同類を思われることが、何よりの屈辱だ。
そうか、屈辱なんだな、この感情は。好きとか嫌いとかそういうことではなくて、胸を張るどころか、一緒にいなければならないことが苦痛で屈辱というレベルなんだな。
人生最大の自虐プレイだ。
何しろ自分の見る目のなさに、ほんとうに死にたいほどいやになる。
Re: よくわかんないけど
http://gnhqe8.sa.yona.la/71 |
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みんなそうなんだ。
いつも
勝手に
急に
自分の思いでアタシを戸惑わせるんだ。
なんで言ってくれないんだ。
そんなわからず屋じゃないのに。
もっと話したいのに。
ぶっちゃけてくれていいのに。
みんなが離れて行くことが悲しいんじゃなくて
それだけの人間と思われていたのが悲しい。
http://gnhqe8.sa.yona.la/70 |
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一緒にいれない事ぐらいわかってるから
ただ、抱き締めてくれたらいいのに
[篠崎砂美] お隣の魔法使い 始まりは一つの呪文 |
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読書 | |

この作品、設定がぶっ飛んでるところとか、超お気に入り。
個人的に好きな漫画家の「竹本泉」の雰囲気に似てる。
それゆえに気に入ったのかも。
Re: ばるばろっさぁ~
自分も似たような経験が…。 |
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Reply | |
自分の場合は「ウサギとカメ」的な話と「井の中の蛙」的な話をしたつもりだったんです。
つまり,「途中までは優秀だったけど努力を怠ったから伸びなかった」って話と「小さい集団の中ではトップクラスにいたけどその集団そのもののレベルが低かったから大したことなかった」って話。
それが,「優秀だった」「トップクラスだった」ってところだけが抜き出されて,自慢してるってことに…。
Re: 都の制服ワッペン2万枚無駄に 3400万円出し作り直す
訓告じゃ軽過ぎでしょ。 |
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Reply | |
訓告って要するに公式文書で注意しましたってだけでしょ。
出世とかには響くのかもしれないけど。
都民にとっては全然関係ないからね。
3400万円分とまでは言わないものの,責任者の給料を年間10%くらいカットすべき。
都の制服ワッペン2万枚無駄に 3400万円出し作り直す |
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ニュース | |
本当に馬鹿。都の規定を絶対視して批准するという思考停止。その規定が設定された理由は推測の域を出ないが、お役所だから一律化できるようにどこも同じようにロゴと文字だけにすべしという方向性なのだろう。たかだかラインの一本で認知力が異なるわけでもないし、税金を使ってまでやることではないでしょう。たしかに公務員なので自己判断でそういうのができない部分もあるだろうから、ちゃんと上までエスカレーションして最終的に都知事に責任もって決めてもらえばよかったのに。
テキストによる情景描写 |
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雑感 | |
http://d.hatena.ne.jp/Erlkonig/20090409/1239289120
引用 :
小説には「情景が視覚的にイメージできるようにしなけれなばらない」的なお約束があります。あると思います。いきなり登場人物だけがいて周囲の状況が見えない、ということは避けるべきだ的な。個人的には、このお約束というのは「ルール」ではなく「フォーマット」であるべきだとは思うのですが。
私の感覚では、Web小説って数百字から千字ちょっとくらいがいちばん読みやすい長さだと思ってます。ひとつのシーンを何千字、何万字も書くんじゃなくて、千字ちょっとのシーンがブツ切りでいくつも並んでる形式が好き。そういう場合、「最低限の情景描写」がけっこう枷になっちゃったりしますし、単に「書くことになってるから書く」というのもつまらない。
<< このブログ記事↑に関連して ヒューナイン(私) が言及↓ >> ~ - ~ - ~ - ~ - ~ - ~ - ~ - ~ - ~ -
ウェブ上の小説においての情景描写。 ウェブ上において情景描写をテキストだけでやるというのは
ちょっと苦しい。本の中でなら それは必要不可欠な叙述であり完全に成り立つ表現であるけれども、
ウェブ上においては絵もあり、音もあり、マップもあり、3D もあるがゆえ テキスト描写が立脚する
足元は曖昧なものとなる。
表現形式はテキストであるけれども、グラフィカルなものや音楽的なものと競合してしまう。
それがウェブの一つの性質。
読み手がもし、テキストによる情景描写のところをダルく感じてスポイルしたならその文章(小説) は
空白だらけの文章になってしまう。(読み手がもう少し絵がほしいなーと思っているとして)
つまり、その時点において小説は すでにバラバラなっているということ。
リンクという機能を使って 引用につぐ引用をすることで 文章がセグメント化されるんじゃない、
表現者が意図する表現を、読み手が ところどころスポイルして頭の中で空白を作るから バラバラのセグメント
になっていく。
まぁ、そう思うわけなんです。
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4月の土日は時間があるようで時間がないなー。ゆるゆるに緩んでる。 |
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