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俺と彼女と彼女の恋。 |
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「バイバイなの」
交差点の向こう、四角い窓枠で外界から切り取られた彼女に前の面影はなかったのに、俺には、彼女が彼女であるとわかった。
彼女と付き合い始めてから、あと9日で丸3年になる。と言っても、その関係はひと月も保たずに一旦別れてしまったので、今では彼女は僕の心の中にいるだけだ。そう思っていた。
考えてみれば彼女は何にでもアイスクリームを浮かせるのが好きだったのかもしれない。そんな描写を心の中で試したことはないけど、アイスコーヒー、コカコーラ、アイスティー、メロンソーダ、抹茶やトマトジュースにまで。
信号待ちで偶然見かけた彼女の声は、道に隔てられ、さらに窓にも遮られて全く聞こえない。彼女は俺に気付いていない。
でも今はそれでいい。俺は彼女でなく彼女の方を選んだのだから。
「どうかしたの?」
隣で俺の手を握る彼女が、俺の顔をのぞき込んで言う。俺は彼女と眼を合わせることができなくなる。
「何よ。かわいい子でもいたの?」
彼女は追及を緩めない。
「いや、彼女、お揃いのヘアピンしてる。猫の。」
「彼女ってドノジョよ。そんな子はいないの、いい? あなたは私のことだけ見ててくれればいいの。」
彼女は握った手を解いたと思ったら俺の指の間に彼女の指を強く割り込ませてくる。
「ほら、行くわよ。信号変わっちゃうじゃない。」
彼女は新しいヒロインを見つけたんだろうか。きっとそうなんだろう。彼女の正面に座っているヒロインであろう彼女はトマトジュースを飲み干して、彼女のアイスをひと匙すくって食べている。彼女は上気しているはずだ。今の俺にはそれがわかる。それを彼女もわかっていて、彼女がそれを止めることができないことも。
彼女、シンユウなの、と彼女はあの時言った。そして俺は彼女でなく彼女を選び、彼女の涙と、別の彼女の別の意味での涙を見て、今この交差点で彼女と彼女と共にいる。
ただそれは今の俺しか知らないことで、彼女に説明するのは無理だし、彼女に説明するのは野暮というものだ。
彼女に説明するために喫茶店に入るのはもっと無理だ。彼女は、彼女よりも彼女よりも、このことを知り得ないだろう。彼女は俺と会ったことがなく、今ここで会うことにもなっていない。
俺の手を引く彼女の手を握り返して交差点を渡り始める瞬間、彼女と眼が合う。俺は彼女に笑いかけて、彼女は訝しげな視線を返す。彼女は正面を向いたままだ。彼女も。
でも、彼女も彼女も、そして多分彼女も、フレームの中だけの存在でないことが俺にはわかるし、少なくとも彼女は自分の恋を食べて生きていることもわかった。今はそれでいいと思えるようになったのも、きっと彼女のおかげなんだろう。